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2018.6.29

幸田直人(いちまいのおさらオーナー)#1
生きるための技は調べて試す中で身につく

投入堂で有名な三徳山にほど近い三朝で、幸田直人さん一家は自給自足に近い暮らしをしている。エコロジカルでロハスな生活と聞くと、昨今ではインスタ映えするような景色を想像するかもしれない。だが、庭には鶏がおり、生活道具が置かれとあくまで暮らしていくための風景が広がっている。
震災以降、従来の生活に疑問を抱くようになった人も増えた。自分の力で生活を行うことに憧れても、それがどのように手に入るかわからない。幸田さんはどういう過程を経て、今のような暮らしを確立する技を身につけたのだろうか。


― 食べるものやエネルギーのほとんどを自分でまかない、自然に近い中で暮らす。そういう生活への関心も近年高まっています。

うちで飼っている鶏を絞めてみんなで食べる催しや運営しているカフェ「いちまいのおさら」に来たり、たんぽり村まつり(1)に参加するような人から「すごいですね」とか「こういう暮らしに憧れています」と言われることも多いです。けれども僕としてはすごいことをしているわけではなく、ただ無理せず楽しいことをしているだけです。
エコロジカルな暮らしに関心のある人は、自然の中での子育てや自給自足、食べ物についてもきちんと知りたい欲求が強い。とは言え、いきなり仕事を辞めて田舎で暮らすことはなかなか難しい。そこで葛藤を覚えている人も多いと思います。
それなら年に一回でも鶏を捌くといった体験をするだけでも違うんじゃないか。家でできるプランターでの栽培もいいし、廃材でテーブルを作るのでもいい。少しずつでも技術を見つけていけばいいんじゃないかと思っています。僕もそうやって自分で家を建てられるようになりましたから。

屈託無い笑顔が印象的な幸田さん

― 意を決してライフスタイルを変えるよりも、できることを今の暮らしの中でしていく方が堅実ですね。

大変なことは続かないです。僕だって肉を食べたいからと言ってそのつど鶏を捌くのは面倒に感じます。だから普段は保存しているイノシシやシカを食べています。
それにいくら自然環境の中で子育てをしたいと言っても、無理をさせるような暮らしを子供に強いることはしたくないですね。昔みたいに寒くても川で洗濯をするとか朝早く起きて夜は遅くまで草履を編むとか。そういう暮らしは確かに自給自足だし、持続可能かもしれない。
けれども、自分がそれをしたくなかったり、やってみて大変だなと思ったらやらないという選択肢でもいいんじゃないか。そもそもすごいからしているわけでもないし、エコロジーのためにやっているわけではないんです。
残飯を鶏が食べ、その糞を畑に入れる。山際にある井戸は雨が降れば水位は上がり、夏は涸れることはないけれど、使ったら減る。薪はその辺の山から採ってくるだとか、循環していることを感じられる暮らしがいいなと思っています。自分の責任で生活をまかなえますから。
今の時代は、お金を払ったら、エネルギーはどこかの誰かが提供してくれるし、ゴミはどこかの誰かが持って行ってくれるわけです。でも、それは原発事故で明らかになったように、未来の世代や原発のある地域の人に犠牲を強いているわけです。それでは申し訳ない。
自分なりにどういう暮らしなら楽しくて、かつ経済的にも続けられるのか。子供にも「こういう暮らしは楽しいよ」と言えるようなことをしたい。だからしているだけです。

自宅に隣接するカフェ「いちまいのおさら」店内

― 幸田さんが今のような循環する暮らしを実地で体験したのはいつでしょう?

岩手での学生時代です。実家は鳥取の北条で主に葡萄の専業農業で、それを子どもの頃から手伝っていたせいか、岩手大学農学部に進みました。岩手を選んだのは、親元から離れたいというくらいの理由です。どんな学科があって、どういう先生がいるかも知らなかったです。

― 大学では何を専門に学んだのですか?

環境教育と地域おこしです。2000年代初頭だから環境教育と言うと、もっぱら温暖化対策が主なテーマでした。学問的な解決方法としてはあくまで政策です。いわゆる排出権取引や経済と絡めての規制政策が多く、机の上で考える学問です。そういうことを学んでいながら、家に帰ったら便利な暮らしのために普通にエネルギーを使っている。問題なのは自分たちの暮らしなのに、それを直視しないことに違和感がありました。
地域おこしについては、山村の調査で教授について行き、農家に泊めてもらったことがあります。岩手の山村では西日本では文化財に指定されるような茅葺きの「南部曲り家」と呼ばれる母屋と厩の一体化した家で牛や馬を飼いつつ暮らしている方もおられて、昔の暮らしに憧れを持っていた私は「まだこんな暮らしが残っているんだ!」と感激しました。

― 地域おこしでは、どちらかと言うと現金収入を増やす方策を考えることに傾注していたんでしょうか?

それもあります。実際にお金がないとやっていけないという問題はありますから、地域の資源をいかに活かすかは考えていました。ただ、地域おこしというと、とかく成長に目が向きがちだけど、僕は地域が消滅することもいいんじゃないかと思っています。どうしたって人口は減っていくわけです。存続望まずを、放っておいて欲しいと考える集落もあるはずです。地域の人は何を望んでいるのか。それが大事だろうと思います。かつての一村一品運動がそうであるように、政府主導で「これしろあれしろ」は好きじゃない。
ともかく僕が滞在した村は一年の半分は雪に閉ざされるため、まともに農業が出来ない。住人は塩漬けにした山菜やキノコを一年かけて食べていました。そういう一昔前なら当たり前の暮らしを体験して、「昔ながらの暮らしこそ温暖化といった現代社会の問題に対して、持続していく暮らし方・社会のヒントがある。子ども達にツケを残すのではなく、どんな暮らし方だったら持続するのか…自分なりのアプローチになるんじゃないか。こういう暮らしをして生きていきたい」と思ったんです。

店内には他所からのフライヤーや循環型の暮らしに関連する書籍などが置かれる

― 食べていく目算についてはどう考えていました?

すぐに目処が立ったわけではありません。岩手に「森と風のがっこう」と言って、昔の暮らしや知恵に学びながらも、自然農法やパーマカルチャー、自然エネルギーや子どもの居場所といった現代の切り口で、共同生活をしながら持続可能なライフスタイルを提案したり、仕事も作り出している団体があります。そこで3年間お世話になりました。
当時「好きなことをどうやって仕事にしていこうか」と悩んでいたのですが、そこで実践していた「やりたいことを仕事にしていく=仕事をうみだしていく」という生き方(やり方)をそばで見ている中で、自然と「自分も絶対好きなことで生きていこう。自分にも出来る!」と、その時は何の技術も持っていませんでしたが、根拠のない自信をもらいました。
その後、鳥取に戻った時には、自分がどういう場所でどのような暮らしをしたいかはわかっていたから、まずはそれが実現できる場所を探し始めました。

― それから10年経ちました。今は家を建てたり、自家発電をしたりと様々な技を身につけています。特別どこかで学んだというより、自然とできるようになったのですか?

そうですね。岩手では、生きていく上で大切な価値観を身体で実感してきたんだと思います。実際に家を作れるようになったわけでも農業を本格的に学んだわけでもないです。ただ、好きなことをして生きるとか辺境でも自分の好きな場所で自分で楽しく生きることができるということを実際に体験できました。
Facebookや空き屋バンクなど、今のようなネットワークも情報も少なく、若者の起業も珍しかった時代です。まだ技がじゅうぶん身についていないから、鳥取に戻ってもすぐには自分だけの力で食べてはいけなかった。最初の5年は和食やイタリアンの店、三朝の旅館で働いて料理をしっかり学びました。とりあえず30歳からは自分の生き方をしようと思っていましたから、結婚を機にちょうど30歳で仕事を辞めました。

幸田さんには2人の子供がいる。カフェのキッチン2階に続く階段を登るのは3歳の下の子

― 独立してからは何をしました?

家を建てる技術や電気の自家発電、農業や畜産をひとつひとつ習得していきました。まずは本やインターネットで情報を集め、家作りなら廃材を集め、自家発電なら車の廃バッテリーや中古のパネルを使うなど、なるべくお金をかけずに、とにかくまずはやってみる。実践、失敗…次はどうしようか考察してリベンジする。技術はそういう中で身につけたと思います。
家を自分で作ってみると、建築中の家を見ると「あそこの柱はああいう風にしているのか」とか「こういう素材もあるんだな」といったように、それまで注目してこなかったものへの見方が変わりました。できなくてもやってみれば、一年で10畳程度の広さの家屋は作れるようになりました。その後、小さな平屋の家や飲食店も新築で建てる仕事もいただきました。本気でやればアマチュアでも、家だって建てれるようになるものです。

― やってみてわかったこととして何がありますか。

家を自分で作ってみると、建築中の家を見て「あそこの柱はああいう風にしているのか」とか「こういう素材もあるんだな」といったように、それまで注目してこなかったものへの見方が変わりました。できなくてもやってみれば、一年で10畳程度の広さの家屋は作れるようになりました。その後、小さな平屋の家や飲食店も新築で建てる仕事もいただきました。

写真:水本俊也

《つづく》

1:鳥取市佐治町のキャンプ場で2014年から始まった滞在型イベント。たんぽりとは佐治の方言で“いわな(岩魚)”のことで、岩を掘ってまで住み処を作る“たんぽり”のように、理想の場所を自分たちで作ろう!と、料理や風呂にまきを使い、地域通貨で買い物をするといった試みがされている。


幸田直人 / Naoto Kota
自給自足な循環型の暮らしを実践・提案する百姓。廃品・廃材などあるもので家を作ってきた。カフェ「いちまいのおさら」オーナー、ケータリング、自家発電の施工なども行い、暮らしが楽しくなるような技術を研究・提案している。

いちまいのおさら
東伯郡三朝町坂本
090-7997-3321
http://jizokutottori.dokkoisho.com
watashino.kurasi@gmail.com
※完全予約制。お問合せのうえお出掛けください。

ライター
尹雄大

尹雄大(ゆん・うんで)

1970年神戸生まれ。関西学院大学文学部卒。テレビ制作会社を経てライターに。政財界、アスリート、ミュージシャンなど1000人超に取材し、『AERA』『婦人公論』『Number』『新潮45』などで執筆。著書に『体の知性を取り戻す』(講談社現代新書)、『やわらかな言葉と体のレッスン』(春秋社)、『FLOW 韓氏意拳の哲学』(晶文社)など。最新著書『脇道にそれる:〈正しさ〉を手放すということ』(春秋社)では、最終章で鳥取のことに触れている。

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